ANTIGONE③
アンティゴネ
いいえ、戦争です。あなたの戦争なんです。
クレオン
それが国のためではないか?
アンティゴネ
国の為とはいっても他の国を手に入れる為、あなたは自分の国で、私の兄たちを支配するだけでは満足しなかった。木立の下で不安なくくらせば、テーバイは心地よい国、なのにあなたは遠いアルゴスまで兄たちを引っばって行かねば、気がすまなかった、そこでも兄たちを意のままにしようとした。そして一人の兄を平和なアルゴスの民の虐殺者にし、それに驚いたもう一人の兄を、見せしめに、やつざきにして、死体を野ざらしにしてしまった。
クレオン
いいか、お前たち、何も言うな、命が惜しければ、この女に同調してはならんぞ。
アンティゴネ
でも私は、あなた方に訴えます。苦境にいる私を助けて下さい。それがあなた方のためでもあるのです。権力を迫い求める者は、塩水を飲むのと同じ、やめられないのです。ますます飲みつづけずにはいられない。昨日は兄、今日は私。
クレオン
聞こうじゃないか、誰がこの女に手をかすんだ。
アンディゴネ (長老たちが黙っているので)
そう、自分をおさえて、牡蠣みたいに黙りこんでいる。それが報われればいいけどね!
クレオン
とうとう本音をはきおった。この女、テーバイの国を分裂させようとしてやがる。
アンティゴネ
統一を叶ぶあなた自身が、争いを糧に生きている。
クレオン
そうだ、わしはまず何より、この国で闘う。アルゴスの闘いは二の次だ。
アンティゴネ
なるほど、そうでしょうとも、よその国に暴力をふるう時は、自分の目にも暴力をふるわねばならないもの。
クレオン
どうやら俺を、このお方は禿鷹のえじきにしたいらしい。だがそれにしても、テーバイが分裂して異国の支配のえじきになってもかまわぬというのか?
アンティゴネ
あんたたち支配者というものはいつも脅しをかけるもの、国が分裂すればほろびるぞ、見知らぬ他人のえじきになるぞと。すると私らは、頭をたれてあんた方にいけにえを引きずって行く。おかげで祖国は弱りはてる。他人のえじきになってしまう。
クレオン
わしがこの国を他国の餌食になげだしているとでもいうのか。
アンティゴネ
あなたに頭をたれることですでに、他人の餌食になっているのです。頭をたれた人間には、我が身に降りかかるものが見えはしない。見えるのは大地だけ、そして、ああ、その大地にのみこまれてしまうばかり。
クレオン
大地を、この故郷を侮辱するのか。みさげはてたやつめ!
アンティゴネ
違います。大地は憂いのもと。故郷とは、大地だけではない。家だけでもない。ただ汗水を流した場所、なすすべもなく燃えるにまかせる家、頭をたれるだけの場所、そんな所を故郷とはよべない。
クレオン
はっきりとそう言うのだな。故郷を守る気はないんだな。それならこの故郷はもはやお前を認めはしない。面汚しのごみであるお前は見捨てられるのだ。
アンティゴネ
一体、誰が見捨てると言うのですか?私を見捨てると言う人も、あなたが支配者になってから減る一方。これからもますます減るでしょう。どうして一人で帰って来たのです、いく時は大勢つれていったのに。
クレオン
出しゃばったことを申すでない。
アンティゴネ
男の人、若い人達はどこにいます。もう帰ってこないのではないか。
クレオン
.たわけたことを言うな。彼等を残してきたのは、最後の一撃で戦さに結着をつけるため。誰もが知っていることだ。
アンティゴネ
あなたのために、最後の犯行をおかして恐怖におとしいれるためにね。とどのつまり、誰の子かみわけもつかぬほどひきちざられて、獣のように殺されると言うのに。
クレオン
死者を冒涜する気か?
アンティゴネ
ばかばかしい!話をする気にもならない。
長老たち
不幸な女だ。彼女の言葉をいちいちまともにお聞きなさるな。
クレオン
いつわしが勝利のために犠牲者を隠蔽したというのだ。
長老たち
怒り狂った娘よ。自分の悲しみにこだわって、テーバイのすばらしい勝利まで忘れてしまわぬがいい。
クレオン
こ奴はテーバイの国民がアルゴスの家に住むのに反対なのだ。そのくらいならテーバイがふみにじられ、敗北した方がいいというのだ。
アンティゴネ
あなたと敵の家に住むよりも、自分の国の廃虚に座っていた方がまし。それにその方が安全。
クレオン
とうとう自状しおったな、お前らも聞いたろう。この無法者はどんな掟でも破るのだ。二度と帰ってくるなと言われて、これ以上長居は無用と、厚かましくも、他人のベッドを壊し、その革ひもで荷物をまとめる居候のようなやつだ。
アンティゴネ
でも私がまとめたのは自分の物だけ、それすら、こっそり盗まなくてはならなかった。
クレオン
お前はいつも自分の鼻先しかみないのだ、神の秩序である国家の秩序はないがしろにして。
アンティゴネ
あるいは神の秩序かもしれない。でも私はそれが、人間らしい秩序であってほしかった。メノイケウスの子、クレオンよ。
クレオン
もういい、下がれ!お前はこの世でもあの世でも敵なのだ。あの世でものけ者の、切り刻まれたあの男同様忘れ去られるがいい。
アンティゴネ
誰にわかりましょう、あの世の習慣は、ここと違っているかも知れない。
クレオン
いいや、敵は死んでも決して味方にはならぬのだ。
アンティゴネ.
いいえ、なるのです。私の存在は愛のため、憎しみのためではない。
クレオン
じゃ、あの世へいけ、愛したいなら、あの世で愛せ。この世にはお前のようなものは、長く生かしてはおけん。
イスメネ登場
長考たち
今度はイスメネが館からやってくる、平和を愛するやさしい娘、だが苦痛にやつれた顔を涙でぬらして
クレオン
ああ!お前もか!お前もこの館にいたのだな!俺は二匹の怪物を、姉妹の蛇を養い育ててきたわけだ。さあ、ここにきて白状しろ。お前も墓をつくるのを手伝ったと、それともお前には罪はないというのか?
イスメネ
私も下手人です、お姉さんも認めてくれるはずです。私も共犯者です、共に罪を背負います
アンティゴネ
お姉さんはそんなことは許さないでしょう。彼女はことを望まず、私も人の手はかりなかった。
クレオン
話は二人でつけるんだな!わしはつまらぬことにつまらぬ口だしはせぬ。
イスメネ
私は姉さんの不幸を恥じてはおりません。だから私を道づれにしてくれるよう、姉さんに頼むのです。
アンティゴネ
常に変らぬ志を貫いて死んだ人たちの名にかけて、言うのです。私は口さきだけの愛はきらいです。